LOGIN「ごめんなさいね、残ってもらって」
「王妃殿下のご用命なれば否やはございません」
王妃オルメリアの詫びにシキン伯爵夫人ジャンヌは粛々と目礼を返した。
お茶会はお開きとなった。異様な空気の中で続けても意味はあるまい。そうオルメリアが判断したからだ。
会場に残っているのはオルメリアとエレオノーラ、そして呼び止められたジャンヌの三人だけ。
「それに、私も王妃殿下にお詫び申し上げねばならないことがございましたので」
そう前置きしてジャンヌは頭を下げた。
「先程はオーウェン殿下を貶めるご無礼を……」
「謝罪は不要です」
だが、オルメリアはジャンヌの謝辞を遮った。
「謝らなければならないのは
「王妃殿下に何の咎がございましょう」
「いいえ、私共が無理を言ってオーウェンの側仕えになってもらっておきながら、息子の愚行を止められませんでした」
そして、頭こそ下げられなかったが、逆にオルメリアが謝罪したのだ。
「王妃殿下!?」
これには冷静沈着なジャンヌは仰天した。
王族が臣下に対し頭を下げるなど通常ではあり得ない。
「そもそも私がオーウェンの教育を間違えてしまったのがいけなかったのでしょう」
「王妃殿下、古今東西聖人君子であっても我が子の教導を誤るものです」
同じ母としてオルメリアの苦悩をジャンヌは理解できる。
「私のような貴族とは違います。王族は求められるものが多すぎ、子の教育を困難にしているのです」
「私はオーウェンに多くを求め過ぎたのかしら?」
オルメリアは眉根を寄せて顔を昏くした。
それは息子の教育に悩む母親の姿である。
「王妃殿下は傑人なのです。あなた様ご自身を基準にされれば、子供はついていけません。さりとて求めないわけにも参りません」
「国の頂点に立つ者の双肩には数百万の民の未来がかかっているのですからね」
できないでは済まされない、失敗しても良いなどとは言えないのだ。
「だからこそ、将来あの子が即位した時に有能な臣下となってくれればと思い、無理を推して優秀な子達に側近となってもらったと言うのに……あの子には自分につけられた者達の才能が分からなかったのね」
「人の才を見抜くのは容易くはありません」
ジャンヌは先程のお茶会とは打って変わりオーウェンを擁護した。
「為政者の多くは、自分なら有能な人物を登用できると過信して、実際には殆どの者が
「そうですね」
王妃として人を見てきたオルメリアにはジャンヌの言葉が良く分かる。自分は違う、自分はできると思っている者ほど人物鑑定の難しさを理解していないものだ。
だからこそ上に立つ者は注意深く人を観察して目を養わなければならない。実績だろうと試験だろうと正しく人の才能や能力を数値化できるものではないのだから。
「オーウェンは自分の目を疑う事を知らないわね」
「殿下はまだお若いのですから無理もありません」
確かにオーウェンはまだ十代半ばであり、今回の件は若気の至りと言えなくもない。
「そうね、確かにオーウェンは迂闊でしたが廃嫡するほどではありませんでした。だから、あの場で私はあなたを切る選択をするより他になかった」
「……賢明なご判断かと」
このままではオーウェンは暴君になりかねない。それでも、罪を犯したわけでもないのだから廃嫡はできないし、王位継承を剥奪する理由にも乏しい。
「この程度で殿下から継承権を奪っては、それこそ横暴と言うものです」
「そうね」
温室の中にある花壇へと顔を向けた。
「あの子もエーリックも、そして学園の子供達にもまだまだ可能性が眠っているのですから」
彼女の視線の先にあるのは薔薇の蕾。
「はい、それこそ私達が見出せていない才能が眠っているかもしれません」
頷いたジャンヌも釣られて蕾へ目を向けた。
「オーウェン殿下がお側に置いている者達もまだ若い息吹なのです」
「本当にそうね。もしかしたら化ける子がいるかもしれない」
オルメリアはくすりと笑った。
「あなたはウェルシェを試したのですね」
「……」
ジャンヌは答えなかったが、その沈黙こそ肯定。
オーウェンのやらかしは王位継承権を剥奪する程ではない。今の段階で直諫など無意味である。それが分からぬジャンヌでもない。
「大した娘ですね……ウェルシェは」
「
ウェルシェが彼らを使って画策したお茶会での一連の策謀を包み隠さず説明した。
「途中から薄々は気付いていたけれど……末恐ろしい子ね」
「はい、とても十五歳の娘とは思えません」
「ですが、ウェルシェの才能を測ろうとあなたも無茶をしましたね」
下手をすればジャンヌはこの国に居られなくなるところだった。
「何処までが彼女の演技なのかを見極めなければなりませんでしたので」
「あの擬態は見事だったわよね」
くつくつとオルメリアが声を出して笑うと、エレオノーラが不思議そうな顔をした。
「メリー様、ウェルシェは妖精のように可憐な優しい娘ですよ?」
「エレン、あれはそんな可愛げのある娘ではないわ」
事実、今回の件でウェルシェから多くの要求をされるだろうとオルメリアは覚悟している。
「彼女には夫人達も
「ふふ、学園の未熟な子達では彼女の本性は見破れないでしょうね」
「えっ? えっ? えっ?」
話についていけずエレオノーラは目をぱちくりとさせるものだから、オルメリアはいよいよ声を上げて笑った。
「エレン、気をつけておきなさい」
侍女が新たに用意してくれたお茶でオルメリアは喉を潤すと、ティーカップをソーサーへ戻してくすりと笑った。
「社交界では愛らしい妖精と思って迂闊に近づいたら、とんでもなく恐ろしい魔王だったなんてザラにあるのよ」
第46話 その白銀の妖精、やっぱり黒くないですか?「ケヴィン様はまだ諦めてないのね」レーキから報告を受けていた、ウェルシェの口から小さなため息が漏れる。ひと月程前から自分をつけ回す怪しい影に気がつき、ウェルシェはレーキ達に彼らの監視をお願いしていたのだ。今日はその報告を受ける為に1人で庭園へと赴いたわけである。さすがにアイリスから凸を受けるとは思わなかったが……「はい、彼らの大半はセギュル家ゆかりの者達でした」「大半?」「ええ、その……実はオーウェン殿下や側近達の息が掛かった者達も僅かながら含まれておりまして……」「それは殿下がケヴィン様に協力していると?」「おそらく」「呆れた」王妃から叱責を受けたオーウェンは王位継承権まで失う危機に瀕している。それなのに今その原因となったウェルシェとエーリックの婚約にちょっかいを出すのは火に油だ。「殿下はご自分のお立場を理解していらっしゃらないのね」「嘆かわしい限りです」オーウェン達は在学中に何かしら実績を上げて汚名を返上しなければ最悪廃嫡される可能性まであるのだ。ウェルシェ達にかかずらっている場合ではない。「もしかして、殿下は私がケヴィン様に懸想していると未だに信じていらっしゃるのかしら?」「おそらくは……オーウェン殿下にとってアイリス嬢の言葉は絶対ですから」さっきの人様の婚約者を捕まえて犬呼ばわりするアイリスを思い出してウェルシェは顔を顰めた。「どうしてアイリス様は私がケヴィン様をお慕いしていると思われたのか
「何なのかしら、あれ?」まるで嵐のように現れ去っていくアイリスに、ウェルシェは呆気に取られてしまった。「あれが『スリズィエの聖女』と呼ばれているの?」可愛い桜色の髪、澄んだ空色の瞳、華奢で小柄な肢体、際立った美貌ではないが、全体としてとても清涼感のある愛らしい美少女。確かに外見はスリズィエを連想させる可憐な令嬢である。だが、その中身は聖女より狂女だとウェルシェは思った。「とんだ見た目詐欺ね」カミラがいれば「お前が言うな」とツッコミを入れそうな完全なる特大ブーメラン発言である。「レーキ様達の苦労が偲ばれるわ」「お気遣い痛み入ります」アイリスが去りウェルシェしかいないはずの花園に響く男性の声。「まさか突撃を掛けられるなんてね」「お助けできず申し訳ありません」その声はレーキ・ノモのものである。どうやら木の陰に隠れているようだ。「仕方ないわ。今しばらくは私達の関係をオーウェン殿下には悟られたくないもの」正直そこまで警戒する必要があるのだろうかとレーキは疑問に思う。オーウェンはレーキ達を軽く見ている。彼らがウェルシェと結託しても歯牙にも掛けまい――レーキはそう分析している。「あの女の異常性は見ての通りですので重々お気をつけください」「ええ、あそこまで滅茶苦茶な方とは予想外だったわ」レーキの忠告にウェルシェは乾いた笑いを浮かべた。「オーウェン殿下達はあんなスリ
その後、ウェルシェはイーリヤと徐々に親交を深めていった。また、不埒な男共も完全に鳴りを潜め、ウェルシェは平穏な学園生活を取り戻した……かに見えた。が、新たな問題が出現した――「あんたも『転生者』なんでしょ!」「はい?」とある事情でウェルシェは校舎裏にある花園に一人で訪れていたのだが、そこに薄桜色の髪と春空色の瞳の美少女――アイリス・カオロが現れた。「トボけたってムダよ!」(えっ、突然何なの?)急にやって来て、開口一番ウェルシェに向かって訳の分からないことを喚き散らしたのである。意味が分からずウェルシェは目をぱちくりさせた。「ちゃんと分かってんだからね!」アイリスは恐ろしい形相で迫ってくる。『スリズィエの聖女』と呼ばれ、見目麗しき男達に愛嬌を振り撒いていた面影はまったくない。「あんた『ゲーム』の『設定』と違い過ぎるのよ」(うーん……意味不明ですね)アイリスの口にする単語が理解不能なウェルシェにすれば、子犬がギャンギャン吠えているとしか思えない。「ちょっと、何とか言ったらどうなの?」キレて叫ぶアイリスの身勝手さにウェルシェは呆れた。(何とも礼儀知らずな娘ね)友人でもないのに許しもなく高位の者に話し掛けるのはマナー違反である。それでなくとも国内でも有数の資産家で権勢を誇っているグロラッハ家とお近づきになりたい者は数多くいるのだ。いちいち相手などしてられるわけがない。「あなたはいった
「やっぱりゲーム通りに進行しちゃうのね」イーリヤの顔は暗い。「オーウェンとの婚約も回避できなかったし、なるべく学園には近づかないようにしてたんだけどなぁ」イーリヤは元日本人の転生者である。魔術のある世界に転生したと知ったイーリヤは喜び勇んだ。前世でも頑張り屋の優等生だった彼女は、絶対すごい魔術師になってやると情熱を注いで、幼少期から猛特訓を重ねたものである。もちろん公爵令嬢に生まれた以上その責務も忘れていない。勉学や貴族のマナー、その他できる事はなんでもやった。更には商会を設立してニルゲ公爵家の財政にも寄与した。イーリヤ自身にもちょっとやり過ぎた感がないでもない。「だけど、この身体って凄いスペック高いからやればやるだけ伸びるんで面白かったのよねぇ」努力すれば結果が返ってくるのは楽しいものだ。「それに前世ではこれからって時に死んじゃったから、采配を振るえるのが嬉しかったし」大手に内定決まって未来に大きな夢を抱いていた時に、痴情のもつれに巻き込まれて死んでしまった。その無念を晴らすようにがむしゃらに頑張ったのだ。痴情のもつれと言っても、イーリヤとは全くの無関係である。姫と持ち上げられてサークルクラッシャーしていた知人が取り巻きに襲われたところに居合わせて巻き込まれたのだ。「だけど、やり過ぎたせいで、あんな事になるなんて」頭痛でもするかのようにイーリヤはこめかみを押さえて嘆く。イーリヤの能力が注目され、王家から第一王子オーウェンとの婚約が打診されたのだ。その時になってここが乙女ゲーム『あなたのお嫁さんになりたいです』の世界と知ったのである。&nb
ケヴィンの件が片付き、晴れ晴れとした気分で学園にウェルシェは登校した。「ご機嫌よう、ウェルシェ・グロラッハ様」そこで彼女を待っていたのは、普段は校内で見かけない美女であった。イーリヤ・ニルゲ公爵令嬢――黒い髪に赤い瞳、精巧な人形のように整った顔、女は嫉視し男は見惚れる起伏のあるプロポーション。一度その姿を目にすれば絶対に忘れられない絶世の美女。オーウェンのテコ入れの為にもウェルシェも近いうちに接触をしようと思っていた相手だ。(これは好都合ね)ウェルシェは内心でにんまり笑った。イーリヤは格上の相手だけに、どう接触しようか思案していたところなので、手間が省けた。「これはイーリヤ・ニルゲ様、ご挨拶痛み入ります」「将来は姉妹になるのだしイーリヤで良いわ」「では、私のこともウェルシェとお呼びくださいませ」しかも、望外にも名前を呼ぶ許可まで貰えた。これで今後は接触がしやすくなる。「本当はもっと早くにあなたと会いたかったのだけど……」「あなた様はとてもお忙しい身。取るに足りぬ私などをお気に留めていただけただけでも光栄でございますわ」イーリヤはふっと笑みを零した。見惚れるほどの妖艶な美しさだ。「ウェルシェが取るに足りなかったら、この学園のほぼ全員がつまらない人間になってしまうわ」「まさか……私のような非才の身など……」「謙遜も過ぎれば嫌味よ」(いやいや、公爵令嬢でありながら文武両道、魔力量甚大、努力の人で商才まである絶世の美女相手に何をど
――ガッシャーーーンッ!!!茶器が床に叩きつけられ、無残に砕けて散った。この部屋の主が大事にしていたオーダーメイドの高級品だったのだが。もっとも、金の模様が過多でなんとも品がない。「キャッ!?」間近に控えていた侍女が短い悲鳴を上げた。これまた高級そうだが派手な色合いでけばけばしい絨毯の上に飛散する茶器を前に彼女は震えた。「ケヴィンがいったい何をしたって言うのよ!」この部屋の主人であるセギュル夫人がまたいつもの癇癪を起こしたのである。「あの子はただ自分の恋人の窮地を救おうとしただけじゃない!」セギュル夫人はケヴィンの言い分を無条件に信じていた。だから、悪いのはエーリックだと疑いもしていないらしい。「それなのに、どうしてケヴィンだけが罰を受けなきゃいけないの!?」実際には継承権剥奪の危機に陥っているオーウェンが一番重い罰を受けている。だが、彼の罰には執行猶予がついており、今回の件でケヴィンだけが理不尽に虐げられているようにセギュル夫人には思えた。「こんなの王妃の横暴じゃない!」我が子だけが不当に罰を受けている――それがセギュル夫人の歪んだ認識なのであった。イライラしてセギュル夫人は親指の爪を噛む。「オーウェン殿下やエーリック殿下には何のお咎めもなく、ケヴィンだけに処分を下したのは王家にセギュル家を貶める目的があるんじゃないの?」もともとエーリックは自分の婚約者を守っただけで何の咎もないし、オーウェンにしても多少横柄ではあったが罪を犯したわけでは
「もちろん、エーリック様をお慕いしておりますわ」ウェルシェは自信満々で(のもたらしてくれる富)と副音声に入れた。嘘は言っていない。「ふふふ、今のは嘘くさぁい」「もう!」「ごめん、ごめん」プイッとウェルシェはむくれてそっぽを向く。キャロルが笑いながら謝罪すると、ウェルシェは横を向いたまま横目で彼女をチラッと見るとため息をついた。「キャロル、私
「ウェルシェは押しに弱そうなだからねぇ」キャロルの指摘にウェルシェはちょっと複雑な気分だった。擬態を解けば男共をあしらうのは訳ない。(だけど、今の私のイメージでは強く出られないしなぁ)エーリックの好みを演出する為のイメージ作りが仇となっている。それはウェルシェ自身も理解はしていた。だが、こればっかりはどうにもならない。「それにウェルシェを強引に口説こうとしている筆頭はオーウェン殿下の側近だし」「ケヴ
「お申し出は嬉しいのですが……」ウェルシェがたおやかに微笑むと目の前の貴族令息は息を飲んだ。あまりに幻想的な妖精の笑貌で、見惚れて言葉を失ったようである。「私には婚約者がおりますの。もう声をかけるのはお止めくださいませ」だが、その愛らしい口から紡がれたのは辛辣な拒絶の言葉。「ま、待ってくれ。あんな婚約者よりも俺の方がよっぽど……」「あんな?」慌てた
「なんなのよ、あの男どもは!?」いつもは人を食ったような態度で余裕綽綽のウェルシェが、らしくなくウガァーッと喚き散らした。その叫び声にカミラはそっとため息を漏らす。「私は面白おかしく学園生活を送りたいだけなのに!」ウェルシェがマルトニア学園に通うようになって三ヶ月が過ぎた。学園生活の出だしは上々。優秀なウェルシェにとって、学業関係や学園行事を卒なくこなすのは造作もない。お得意の猫かぶりで問題なく気の合う友人も作れた。そう、全ては順風満帆……のはずだったのだが、一つだけウェルシェに誤算があった。「どうして、言い寄る男が絶えないのよ!」つまり、エーリックの危惧していた通りになってしま







